| Undated Diary2 |
| ひとり言 2 |
銀行アレルギー1回目...? 前回お話ししたごく一部の銀行を除いて銀行の看板を見ると、ユダヤ人のたとえ言葉を思い出す。 銀行家とはよく晴れた日に雨が降るかもしれないと言って傘を差し出し、雨が降っているときには決して傘を貸してくれない人々の事をいう...という言葉を。 以前父が某組合の理事長をしていた時、当時中々中小企業に対して銀行が融資をしづらかったため、H協会を利用して官営のS金庫から融資を取り付けるという行動を起こしました。 中々融資を受けられなかった企業にも喜ばれ、会社のメインバンクとも言えるS金庫も潤い、H協会もその機能を発揮してまだバブル前でしたから皆から喜ばれました。 また会社も当時は資産があったので年間売り上げ額と同じ位の借金がありましたが、しっかりと銀行を設けさせた後、バランスを考えた資産の売却等で会社を運営していました。 しかしバランス感覚の無い経営者にバブル時必要以上の借金をさせ、年老いた母をダシに使い経営にかかわっていない人間まで巻き込むとは... 怒涛のアンラッキーその1 おかげさまで天職のような仕事に着き、何とか前述の銀行の件も速やかに進展しつつある中.... 仕事中コンビニに駐車しようと思っていた所、丁度路上パーキングから出てきた車があった(私はそう解釈しました)ので後ろから入ろうとして5m位の距離に成った所、その車が途中で停車してしまいました。 どうしたのだろうと注視してみると携帯電話で誰かと通話中でした。 しかたなく、終わるまで待とうとしていた所、1.、2分してその車を勢いよくバックさせてきたのです。 こちらはクラクションを鳴らす間もなく、止まっていたところに衝突されてしまいました。 ただ驚いたのはその後、片手に携帯電話を持ちながら降りてきたその車の運転者の第一声が“バカヤロー!こんなとこで何やってるんだ!!“驚いたのは、自分が携帯電話を使用し、後方確認を怠って衝突事故を起こしたにもかかわらず、私が追突したと言い張ったことです...(-_-;) 怒涛のアンラッキーその2 千駄ヶ谷から新宿方面に向かい、明治神宮の入り口に近いところは緩やかな右へのカーブとなっています。 車を運転していて何の信号機も無い所で突然前の車が停止しました。 その車の前には何もなかったので、こちらは急ブレーキを踏んだのですが止まりきらず最後にコツンと追突してしまいました。 取り敢えず非礼を詫びようと車から降りて近づくとクビが痛いとかで結局救急車で運ばれて行きました。 真っ赤なボルボ850でしたがキズもなく、こちらの軽自動車はバンバーではなくボディーの弱い所が少し凹んだだけなのですが...人身事故扱いとなり、大事な商談はボツとなり、警察で調書を取られるはめになりました。 怒涛のアンラッキーその3 がっくりきて会社の近くに車を止め、バンパー上部の少し凹んだパーツを止めてある部品が外れかかかっていたので知っているクリーニング屋さんに事情を話して会社から修理工場等へ電話をしていました。 戻ると車は無く、クリーニング屋さんも気が付かなかったとの事です。 たった30分の内に故障車までレッカー移動とはH警察署の仕事熱心さにはただ驚くばかりです。 北朝鮮その1? 販売促進と企画、営業、ホームページなど自分に適職と思っていたのですが... どうやら社長さんの趣味で社内に”ご注進”型の社員が多く存在する模様です。 特におよそ7ヶ月で社長さんの片腕的存在になれたのは良いのですが、影でいろいろと動き回っている人たち が多かったようです。 入社した時社長さんからにチクリを要望されましたが、分かりましたと言いつつ会社にとって必要と思われた事 以外何も報告していないのも影響したのかも知れません。 特に会社がプロ野球のGと関係している手前、会社が忙しくなる3月に自己都合退社し、どこにも勤まらず、懇意 にしている会社の社外取締役を通じて暇になった9月に再入社した人間はチクリの専門家だったようです。 そんな他人の噂話ですぐ人を疑うため、設立12年約20名程社員がいますが一人も正社員がいないのです。 (私が第一号なのかな?) アルバイトが足りない時は高校生の子供を駆り出してまで会社に尽くしていた私ですが、疑いというサングラスを かけた経営者には違う形でしか写らなかったのかも知れません。 ホームページ作成の時、Buriiki-yaの ホームページを元に作成したので、パソコンの中にBuriki-yaのHTML文章が残っていたのを発見され、 誰よりも早く会社に来て、誰よりも遅く帰るのはパソコンでアルバイトをしているからだという噂が立ちました。 ある日突然、理由もなく減俸処分を言いつけられ、翌日辞意を表明します。 (チクリ専門家の狙いどうり) 社長から留意され、冷却期間をおいての話し合いと言う事になりました。 しかしどうしてもお互いの溝(言われ無き疑い)は埋められず、覚書を交わし、双方納得の上での退社という形を とる事に決まりました。 書類を提出する事により、1ヶ月分の解雇予告手当てを支払うというのです。 自己都合退職にすると国からの補助金がもらえないからなのは見えみえですが、言うことを聞かないと離職票 もくれないような状況です。 (1ヶ月たってもまだ返送してくれないのです) とにかく覚書と交換で退職願を提出しました。(もう未練は無くなっていましたので) 約束の金額が振り込まれないので、散々催促すると、私が仕事中にアルバイトをしていた証拠が見つかったので 払えないとの事です。 何の事かと思ったらホームページ上のSHOPのCGIが正常に動くかどうかのチェックを したメール(私が自分の会社へ注文したメール)が発見されたようなのです。 なんと、それがアルバイトをしていた証拠だというのです。 泣き寝入り!? 子供の頃から泣き寝入りはあまり好きではないので、労働基準監督署に相談に行きました。 まず、東京都の労働局に調停をお願いしなさいとの事でした。(約60%はこれで解決するそうです) しかしながら40%に属していました。 調停に出席しない旨を会社が伝えて来たとの事でした。 それで金額が30万円未満でしたので小額訴訟裁判(訴状の提出)を行いました。 解雇という言葉がでてから、やり取りは全てメールでしか受付ませんでしたから証拠書類は色々揃っていました。 よく裁判は金と時間がかかるものという先入観がありますが、実際には訴訟費用は3000円+書類郵送のための 切手代3500円程でOKでした。 しかも結審まで1日出頭するだけという話でしたので提訴させていただきました。 子供の喧嘩に親を呼ぶ! なんと出頭日直前に相手の会社の顧問弁護士から書類が届き、小額訴訟裁判でなく、通常訴訟に切り替えると 言うのです。 30万のお金も時間もかけても払いたくないと言う事でしょうか? そして当日現れたのは会社の人間 は一人も見えず、弁護士さん一人でした。 さすがプロの弁護士さんです。 覚書と解雇予告手当てとの関連性 から突き崩してきました。 こちらもいかにもセロテープで貼って作成した仕事中アルバイトで注文メールのやり取り をしていたと言うのを日時、内容から突き崩し、結局こちらの言い分の90%が認められた形での和解と言う形で結審 しました。 やはりちゃんとした経営者さんで白黒はっきりすればその数日後決定額が入金となりました。 何事も資料の保管は大切です。 そして理不尽な扱いを受けてもあきらめなければ大抵は世の中がそれを 認め、解決されるものだと言うことを学びました。 |